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2011年10月10日 (月)

〈午前十時の映画祭〉大いなる西部

〈午前十時の映画祭〉大いなる
監督:ウィリアム・ワイラー
音楽:ジェローム・モロス
出演:グレゴリー・ペック、ジーン・シモンズ、キャロル・ベイカー、チャールトン・ヘストン、バール・アイヴス、チャールズ・ビックフォード、アルフォンソ・ベドヤ、チャック・コナーズ 他


 《50年以上前の映画だが、むしろ現代人に観せた方がいいのでは》


 久々に3時間近い映画を観たので、目が疲れた(笑)。


 広い西部の大地、そこを走る幌馬車。大きい地球に住む、人間というちっぽけな存在。大西部に住む少佐の娘と結婚するために東部の男、つまり西部の人間にとっては考え方が違う異質な“よそ者”がやってくる事によって、大きな変化を起こす。


 1870年代のテキサス州。ジェームズ・マッケイ(グレゴリー・ペック)は、地元有力者テリル少佐(チャールズ・ビックフォード)の娘パトリシア(=通称パット キャロル・ベイカー)と結婚するため東部からやってきた。牧場に向かう途中、少佐と敵対するハナシー家の息子達から嫌がらせを受け、水源をめぐる土地争いの事を知る。非暴力で解決しようとするよそ者を良く思わない地元民や幼き頃からパットを慕っていたスティーヴ(チャールトン・ヘストン)にも敵意を示され、マッケイは徐々に孤立していく。


 実はこれ、主人公の目線や観客のとらえ方によって、善と悪が変わる。こういうドラマなどを作る事において、本来は曖昧にしてはいけないものだと思うが、逆にそうする事において、社会の矛盾といったものを突き付けているのではないかと思う。そりゃそうだ、時代劇などのドラマだって、誰を主人公にするか、誰目線で描くかによって敵も変わるし、見方も変わる(来年のNHK大河ドラマはその好例 平清盛なんて本来は悪役で描かれる事が多いのだ)。味方であった者が敵になり、敵にも理由がある。


 これって何かに似ていないか? 最近のアメリカが関わるいろんな意味での“戦争”にこれを当てはめる事ができないか。この映画は西部劇だが主人公は(使う場面はあるものの)決して銃には頼らない。西部(アメリカ)人より東部(諸外国)人の方が賢いという設定は、何やら現代社会への痛烈な皮肉なように感じる。


 ちなみに、冒頭から繰り返し流れるテーマ曲は、今でもテレビ番組やCMなどで使われる、映画音楽のスタンダード。音楽好きならまず曲に酔い痴れよう。


私の評価…☆☆☆☆☆

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