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2013年7月26日 (金)

華麗なるギャツビー 3D

華麗なるギャツビー 3D
華麗なるギャツビー 3D
劇場:TOHOシネマズ二条
監督:バズ・ラーマン
原作:F・スコット・フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」
音楽:クレイグ・アームストロング
出演(吹替版声優 ※判明しているもののみ):レオナルド・ディカプリオ(内田夕夜)、トビー・マグワイア(加瀬康之)、キャリー・マリガン(白石涼子)、ジョエル・エドガートン(てらそままさき)、アイラ・フィッシャー(東條加那子)、ジェイソン・クラーク(ふくまつ進紗)アデレイド・クレメンス(冠野智美)、エリザベス・デビッキ(小松由佳)、アミターブ・バッチャン(勝部演之)、カラン・マッコーリフ、ジェマ・ワード 他


 《タイトルだけで中身がスッカラカンな映画》


 F・スコット・フィッツジェラルドが1925年に発表した名作小説。その5度目の映像化(映画化は4度目)作品。


 その美しさも、莫大な財産も、全てが完璧な男 ―ジェイ・ギャツビー。だが、彼には“秘密”があった…。


 宮殿のような豪邸に暮らす、謎めいた男がいる。彼の名は、ジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)。どこから来たのか? どうやって大富豪になったのか? 仕事は何をしているのか? いったい何のために、毎夜のように豪華絢爛なパーティーを開くのか? 誰一人その答えを知らない。


 「真実を話そう」と、ギャッビーは隣人のニック(トビー・マグワイア)に、自らの生い立ちを打ち明ける。裕福な名家に生まれ、ヨーロッパで宝石や名画に囲まれた贅沢な暮らしを送った。戦争では数々の勲章を受けて英雄となり、両親が亡くなった今は天涯孤独の身…。


 出来すぎた話に、「彼は何かを隠している」と直感するニック。やがて、耳を疑う噂と危険な人脈、そして上流社会の女性デイジー(キャリー・マリガン)との禁じられた恋が、少しずつギャツビーの華麗な仮面を剥がしていく。


 ギャッビーがこの街にやってきた、本当の目的は? 果たして、彼が人生の全てをかけた“秘密”とは?


 バズ・ラーマン監督の映画は、「ムーラン・ルージュ」や「ロミオ+ジュリエット」等、僕も何作か観ているが、この監督の映画は話の内容よりも映像や音楽に頼りきるものが殆どで、そういった意味では今作も、いい意味でも悪い意味でもこの監督の特色が出ている。映像と音楽に頼ることは、例えば「ムーラン・ルージュ」のような、ファンタジーを前面に押し出したような映画なら通用するのだが、この「華麗なるギャツビー」は、そういったファンタジー映画とは違うような気がする。


 原作が刊行された1920年代の前半は、アメリカにとって束の間の平和な時代で、空前の好景気に湧いた時代でもある。ここに出てくる謎の男ギャツビーは本来、大富豪ではなく貧しい田舎で育った平凡な男だ。彼は5年前に出会い、一時は愛し合った上流階級の女デイジーとの事が忘れられず、ニューヨークに戻ってくる。彼は裏社会の広告塔となる事で巨額の資金を得て、毎週末にクレイジーなパーティーを主催する。いつかデイジーがこの噂を聞きやって来る事を期待して。ハッキリ言やぁギャツビーのやっている事はストーカー行為なのだが、そんな偽りの姿の愛は長続きせず、やがて破綻し終焉を迎える。その姿はそのままアメリカの姿でもあり、この時のアメリカの景気もさほど長続きせず、原作刊行から4年後には世界恐慌が起きてしまうのだ。


 そう、この映画はファンタジーのようでありながらも、現実を描いたものであり、そのあたりを理解していないと、多分何を描いているのかもさっぱり分からないものになってしまう。映画を観ている人に、そこまで考えて観ている人が、はたしてどのくらいいるのだろうか(笑)? ひょっとしてこの小説は、難解なSF小説より以上に映像化するには相当難しい題材なのではないかと思う。


 主人公が撃たれてからラストに至るまでも長すぎである。もうすでにそこまで来ると、ニックが語り部になっていることは誰にでも分かる。エピローグ的な部分は必要にしても、もう少しコンパクトでも良かったのではないだろうか。


私の評価…☆☆★

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