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2013年7月 3日 (水)

グランド・マスター

グランド・マスター
劇場:TOHOシネマズ二条
監督:王家衛
音楽:梅林茂
出演:梁朝偉、章子怡、張震、張晋、王慶祥、宋慧喬、趙本山、小瀋陽 他


 《王家衛(ウォン・カーウァイ)らしさが無い予告編(笑)。でも、本編は…》


 北と南に分かれ、さらに様々な流派がある中国拳法。その中でブルース・リーの師である南の福健省・詠春拳の達人、葉問(イップ・マン)と、ライバルである北の山西省の計意拳・八卦掌の使い手、宮宝森(ゴン・バオセン)の娘、宮若梅(ゴン・ルオメイ)の互いに秘めた愛を通して、中国建国以前の激動の近代史を描く。


 世界を呑み込む戦争の足音が、刻一刻と迫る1930年代の中国。北の「八卦掌〈はっけしょう〉」の宗師(グランドマスター)である宮宝森(王慶祥=ワン・チンシャン)は引退を決意し、その地位と生涯をかけた南北統一の使命を譲る後継者を探していた。候補は一番弟子の馬三〈マーサン〉(張晋=マックス・チャン)と、南の「詠春拳〈えいしゅけん〉」の宗師・葉問〈イップ・マン〉(梁朝偉=トニー・レオン)。バオセンの娘で、奥義六十四手をただ1人受け継ぐ宮若梅(章子怡=チャン・ツィイー)も、女としての幸せを願う父の反対を押し切り名乗りを上げる。だが、野望に目の眩んだマーサンがバオセンを殺害。ルオメイはイップ・マンへの想いも、父の望みも捨て、仇討ちを誓う。後継者争いと復讐劇が絡み合う、壮絶な闘いの幕が切って落とされた。八極拳〈はっきょくけん〉を極め、一線天「カミソリ」と呼ばれるなぞの男(張震=チャン・チェン)も、不穏な動きを見せている。


 動乱の時代を生き抜き、次の世代へと技と心を受け継ぐ真のグランド・マスターとなるのは誰なのか…?


 この5〜6月は、花粉症などで体調の優れない日が多く、映画は観るものの感想を書くことが億劫になってしまい、現時点で約1か月も遅れている(汗)。なるべく終了間近なものや期間限定公開のものを優先して書いていって、早く追い付きたい。


 この映画は、アクション映画と見紛う予告編だったので、

 「あれ? ウォン・カーウァイって、こんな映画撮る監督だったっけ。」

と一瞬思ったのだが、いざ観てみると、アクションの割合は少なく、やはりカーウァイらしい人間ドラマが描かれていた。


 それにしてもこの映画のカンフーアクションは、メインの2人がアクション・スターではないため、アラを目立たなくさせるようアップショットを多用してはいるものの、今までのどんなアクション映画よりもきれいで美しい。まるで風景の一部にでもなっているかのようだ。アクション指導担当が「マトリックス」のユエン・ウーピンだからなのだろうか。カンフーの型そのものが、まるで一種の芸術作品のように思えてくる。さらに驚くべきことに、CGや香港映画特有のワイヤーアクションは、全く使っていないのだ! 高速度撮影等のアナログな撮影技法のみで、今でもあんなにきれいなアクションが撮れるのかと感心した。


 音楽の使われ方も凝っていて面白い。音楽担当の梅林茂は、中国映画ではドニー・イェンやヴィッキー・チャオが出演した「画皮」の楽曲を手掛けていたが、今回はオリジナル曲よりも、他の映画などからの引用が目立つ。まぁ、李香蘭が歌う「何日君再來」は、映画が描く時代に則した選曲だし、梅林茂氏が作曲した映画「それから」のテーマも権利関係は問題ないだろうが、結構印象的な場面でエンリオ・モリコーネ作曲の「デボラのテーマ」(映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」より)や、どういう訳か久石譲作曲の「壬生の狼」(「壬生義士伝」より)が使われ、しかも映像に妙にマッチしているのが何か不思議な感覚であった。


私の評価…☆☆☆☆

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