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2015年3月19日 (木)

〈新・午前十時の映画祭〉俺たちに明日はない

〈新・午前十時の映画祭〉俺たちに明日はない
劇場:TOHOシネマズ二条
監督:アーサー・ペン
脚本:デヴィッド・ニューマン
製作:ウォーレン・ベイティ
音楽:チャールズ・ストラウス
出演:フェイ・ダナウェイ、ウォーレン・ベイティ、マイケル・J・ポーラード、ジーン・ハックマン、エステル・パーソンズ、デンヴァー・パイル、ジーン・ワイルダー、エヴァンス・エヴァンス、ダブ・テイラー 他


 《“アメリカン・ニューシネマ”屈指の名ラストシーン》


 今年度の「第二回 新・午前十時の映画祭」Group Bの映画館での最終上映作品。尚、4月からは「第三回〜」が開催される。


 1960年代後半から70年代にかけて、反体制的な人間の心情を綴った“アメリカン・ニューシネマ”と呼ばれる映画が一世を風靡したが、この「俺たちに明日はない」(1967年)は、その先駆的な作品。


 世界恐慌下のアメリカ・テキサス。刑務所を出所してきたばかりのクライド(ウォーレン・ベイティ)が例によって駐車中の車を盗もうとした時、近くの2階から声をあげて邪魔をしたのが、その車の持ち主の娘ボニー(フェイ・ダナウェイ)だった。2人にはこれが初めての出会いだったが、クライドはボニーの気の強さに、ボニーはクライドの図太さに、惚れ込んでしまった。2人一緒ならば怖いものなしと彼らは、町から町に渡りながら次々と犯行を繰り返していく。程なくガスステーションの店員だったC・W(マイケル・J・ポーラード)を加え仲間は3人になる。しかし銀行強盗の最中にC・Wのヘマによりクライドは遂に人を殺すことになる。まだ顔の割れていないボニーを家に帰そうとするクライドだがボニーは残ると伝える。2人の想いは募るがクライドはボニーを抱くことができなかった。クライドの兄バック(ジーン・ハックマン)とその女房ブランチ(エステル・パーソンズ)を加え5人となったが、この兄夫婦とボニーはそりが合わなかった。一行はまだ手配書が出回っていないと思われるミズーリに移るが、すぐさま隠れ家を警察に突き止められ銃撃戦の末辛くも逃れる。5人の犯行はその後も続き、活躍の場も次第に広くなり世間の注目も増していった。ある日彼らを追跡していたテキサス警備隊隊長を捕まえ辱めを与える。銀行強盗を更に重ねる一行だが、ボニーとブランチの諍いも抜き差しならないところまで来ていた。ホームシックにかかったボニーのため一行は彼女の故郷に向かう。しかしボニーの母は別れ際に犯罪者となった娘に冷淡な態度をとるのだった。アイオワに移った一行だが、滞在中のモーテルで保安官たちに囲まれてしまう。装甲車すら出動した激しい撃ち合いの末、バックとブランチは重傷を負ってしまった。その晩は何とか包囲網を突破した一行だったが、翌朝再び急襲される。傷を負いながらもクライドとボニー、C・Wは何とか逃げ出したが、バックは死にブランチは逮捕される。3人は、隠れ家を求めて逃走を続ける。そして唯一世間に名前の知られていないC・Wの父親の農場に辿り着き、そこで傷を癒すのだった。復讐に
燃えるヘイマーは巧みな話術でブランチからC・Wの名前を聞き出す。ボニーは自分たちのことを詩にまとめ新聞で発表する。それを読み喜ぶクライドは遂にボニーと愛を交わす。C・Wの父親は息子の命と引き換えにボニーとクライドの隠れ場所をヘイマーに密告した…。


 “アメリカン・ニューシネマ”の傑作は、過去の「午前十時の映画祭」でも、「卒業」、「明日に向かって撃て」、「イージー・ライダー」、「真夜中のカーボーイ」ときて、何でこれが取り上げられないのか、と思っていたのだが、やっと観ることができて嬉しい。


 1930年代に実在した、バロウ・ギャングの実話を基にした映画で、ボニーとクライドの出会いから、その終焉までを描くもので、これまでにテレビドラマを含めて何度か映像化されているが、恐らく本作が一番有名だろう。


 アメリカン・ニューシネマと呼ばれる作品は、その殆どが低予算で作られているのだが、本作もロード・ムービーのような形をとっており、映画の規模としては小品である。そんなこの映画が、後世に残る名作となったのは、ボニーとクライドという、時代のカリスマ的な人物をテーマに取り上げたということもあるだろうが、それをウォーレン・ビーティとフェイ・ダナウェイというフレッシュなキャスティングで作ることができたということが挙げられるだろう。当時まだ新人同然だったフェイ・ダナウェイは、この映画の成功によって一躍スターダムに伸し上がっていった。


 そしてやはり最大の見どころであるラストシーンである。2人の生きざまはここに集約されていると言ってもいい。不意打ちで実際に放たれた銃弾の数は150発とも200発ともいわれているが(他にも諸説あり)、その内の87発が命中し、息絶えていく、“死のダンス”とも称される名シーンで、スローモーションが実に効果的に使われている。後に「ワイルドバンチ」(1969年)や「ゲッタウェイ」(1972年)等で多用されるのだが、アウトロー達の儚くも美しい生きざまを表す、映像の美学である。


私の評価…☆☆☆☆☆

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